迷宮へようこそ – ふじ・きりお『少女ダウナー探偵』『悪魔彼女QR大全』 

さて、巷では「本屋大賞」「このミスが凄い」などといって、「映画化!」「×万部売れた!」というあおりがバンバン飛びまくっている。

しかし、それだけで、本当に満足していいものだろうか。本屋に並ぶ商業主義の本の海以外にも、探せばお宝は存在する。例えば、これから挙げる『少女ダウナー探偵』とか。

『少女ダウナー探偵』は、ふじ・きりお氏が書かれた探偵マンガ。本屋では売ってない。勘のいい方ならぴんときたかもしれない。

そう、同人誌だ。
ほら、すっかり日本の夏の風物詩と化した、巨大な同人誌即売会、コミックマーケットその手の同人誌即売会で売られている。

あるいは、電子出版もされているので、同人誌専門ダウンロードショップで買うしかない。

少女ダウナー探偵(上)

と、入手方法が少し特異だが、それでも一読の価値は、私が保証する。

まず初めに思ったのが「奇妙」その一言だった。
ふじ・きりお氏の漫画は、ため息が出るほど、精密なタッチの鉛筆画で書かれている。
しかし、奇妙なねじれを感じる。

頭でっかちに・・・そう、NHKの人形劇のように、デフォルメされて頭が巨大な人形。
頭身はしっかりとしているのに、どうしても顔の大きさが目立ってしまう。

また、独特の「歪み」が出ている。例えば表情。ふじ・きりお氏は、もちろん普通に女の子がかわいくスマイルしているところももちろん描ける。

しかし、たいてい主役格に持ってくる子は、奇妙な笑みを浮かべている。ただ静かに笑っているだけなのに、少女然とした微笑みの中に、やり手の魔女みたいなダークさがうかがえる。そして、それは完全にロリータ顔だという、このミスマッチ。

目の誇張、狭い目から口への距離、彼独自のデフォルメが入っているのだが、なぜか微妙に、ねじくれた笑みを見せている・・・。

少女ダウナー探偵 01

しかし、そのねじれが・・・そのデフォルメが、一種独特の深みを与えている。
また、靴がやたら分厚い、ポーズが少しねじれている印象を受けるのに、かえってそのずれにものすごいスタイリッシュさを感じてしまう。

つまり・・・今はやりの「萌え絵」「アニメ絵」とは正反対を行く絵柄だ。
しかし、何なのだろう。この迫力は。

見る人を引き込まずにはいられない、静かな迫力。ざっとしたタッチだけど、背景・・・パソコン裏・チラシなどまで書きこまれている精密さ。
そして、独特の際立った個性。

似たような方向だと、荒木飛呂彦、美川べるのなどの漫画家を彷彿させる。
二人とも、強烈な、ほかの誰にも似ていない「唯一無二」の個性が、強力なウリになっている。

少女ダウナー探偵 02

個性、と一口では言うけれど、実際の商業漫画家で、「これはこの人だけしかだせない! 」という、文字通り一つしかない「個性」を出している方が、何人くらいいるだろうか。
ほとんどの方が、誰かの影響を受けている・・・いや、受けざるを得ない絵柄の中において、「独特」かつ「ウケる」絵柄を確率している先生は、どれだけおられるだろう。
しかし、同人誌という、商業出版の枠の外に、しっかりと芽生えて根を張っていたのだ。

で、本作。『少女ダウナー探偵』
物語は、御神マヒロなる少女が、主人公の探偵役、奈々柄リコと、そのワトスン役の「僕」を訪ねてくるところから始まる。

マヒロが依頼したのは、ちょっと前に「事故」で亡くなった村瀬カズヒロという男性生徒の調査。
「愛しているから、分かることもあるんです・・・。」カズヒロと恋仲であったマヒロは、その死が事故ではない・・・事故だとしても隠された理由があるはず・・・。
彼女の心にうたれたリコは、謎の解決に向かう。

ところが、カズヒロの人物像を知る目撃者の証言は、微妙に食い違い、そして、カズヒロのブログに書かれてある事実さえも、奇妙にずれを見せる。
混沌、錯綜する事件背景。その中で、リコが出した結論とは・・・。

「名探偵」というと、探偵の代名詞である、シャーロックホームズ。あるいは金田一少年やコナン。マニアックなところでは、島田荘司の『御手洗 清』、二階堂黎人の『二階堂 蘭子』など、わずかなてがかりから、神かがったようにすべてのことを当ててしまう、天才型の名探偵を思い起こされる方もいるかもしれない。

しかし、彼女はいわゆるそのような「天才型」ではない。会話の端々に出る知性の豊かさ、ダウナー、つまり沈着冷静である性格設定で、「天才型」を予想させるが、彼女は天才型ではない。

天才型名探偵のお約束。冒頭で、ワトスン役や、一般人が気づかないような些細なことから、大飛躍した推理で相手のことを当ててしまうこともないし、もしも、二階堂蘭子だったら、もっと早い時点で・・・。下手をすると話を聞いた時点で「なんとなく、真相はわかったわ。あとは証拠だけ・・・。」となるはず。

じゃあ、リコの武器は何かというと、人より優れた観察眼。そして、足で証拠を集めまくり、解決とあらば命の危険も投げ出さない。そのアグレッシブさにあると思う。

そう、リコは、みんなと同じ・・・あるいは少しだけレベルが高い少女なのだ。そのレベルがないので、そのような名探偵の厭味ったらしさ「・・・基本だよ。ワトスン君」と言ったところがない。ちょっと人づきあいが苦手な、ただの女学生だ。

そこのところが、リコの悪戦奮闘ぶりをきわただせている。等身大なので、実に感情移入しやすい。大いに拍手を送ってしまいたい。

じゃあリコを支える最大の武器は「自分とのルール。」作者曰く「諦念しながら独特の人生観を持つ」のがリコだと述べているが、「義侠心にかられ、事件に飛び込んでいく。」「謎を解くためには、自分の命の危険すら顧みない。」

口では多くを語らず、はぐらかすセリフも非常に多いが、リコは自分の信念を強く持って、なおかつ「行動」で語る・・・。
自分の信念がある。体当たりで解決していく・・・。これは、まさにハードボイルドではないか?

しかも、ハードボイルドというと、「マイク・ハマー」派を思い出す方もいるかもしれない。力づくで妨害をなぎ倒し、「俺が正義で、俺が法だ。」という、一つ間違えれば荒くれ者のそれな原理で動くハードボイルドの主人公。

しかし、リコは違う。彼女は自分の主義・信条を決して人に押し付けない。どちらかというと、「私とは違う考え方を持つ他人」を尊重する伏しさえある。
これは、まさに現代の都会を、コートで武装しながら生きる、現代の騎士」フィリップ・マーロウ・タイプではないか?

そう、彼女のダウナー、諦念は、ハードボイルドだったのだ。そういや、・・・というのが、私の受け取り方。私の『少女ダウナー探偵』だが・・・。

しかし、本作品は、十人いれば十人が違う受け取り方ができる。
作中では、あえて書かずに・・・黙して語るスタイルを取っている。

さらに、それを彩る過剰なネタ。それは、数々のワイズラックだったり、さりげなく、ホームズが習得していた武術「バーリッツ」をほのめかしたり、「ネズミ人間」が出てきたり・・・。
(「ネズミ人間」と言えば、実は日本犯罪史最悪の犯罪者に数えられる、あの宮崎勤の妄想に頻発に出てくる・・・。)
つまり、暗喩情報の詰め合わせ! しかも、最後の二大どんでん返し!

こじれた愛が生み出した事件・・・それを解決する「探偵」の愛する人は・・・それは読んでのお楽しみ。
多彩な解釈をそそる本作。まさに一つの迷宮。パズルのように断片的に出される情報、そして一つじゃない解釈とくると、ドラマ『ツイン・ピークス』。新しいところでは『ブレア・ウイッチ・プロジェクト』をほうふつさせる。

しかし、ここの感想は、あくまで、「私」の「少女ダウナー探偵」に過ぎない。ぜひとも、あなただけの「少女ダウナー探偵」を見つけてほしい。

また、本作の迷宮感が気にいったのなら、同作者の『悪魔彼女QR大全』もおすすめ。
名もない・・・というか、いつも死にかけのように調子悪い、一人暮らしの「オレ」には、「いつの間にか彼女がいるらしい。」

悪魔彼女QR大全

そう、彼女は・・・そして彼女が出てくる「世界」は、夢か現実かわからない。
しかし、その奇妙な世界との現実感のギャップ。そして埋め合わせが、実にリアリティを持って、巧みに連続させられている。
この辺、推理小説なら、中井英夫の『虚無への供物』、はやみねかおる『機巧館のかぞえ歌』など、メタミステリをほうふつさせる・・・。

そう、この辺のつじつま合わせのテクニックは、推理小説の香りがする。
主人公の後ろ合わせにある死。まるで自ら破滅を望んでいるように、「そういう方向にしか考えが行かない。オレを、「彼女」はまるで冗談のように・・・「小悪魔」のいたずらのように軽々と乗り越えて見せる・・・。

「モルダー、あなた疲れているのよ・・・。」

という具合の短編連作につながっている。毎々毎回「死にかけて」だけど「何気なくなんとなく」のほほんと「彼女と一緒」に日常生活に戻ってくる姿は・・・なんだろう。とても癒される!

これも『少女ダウナー探偵』と同じく・・・いやそれより「黙して語る」部分が多く、引き込まれた方は、つい思考の迷宮を旅してしまう・・・。
「駄目だよお。深く考えちゃ・・・。」

という具合に、本屋という正統ルートを外れた、同人誌に目を向ければ、お宝が眠っていた! という話。いつもと見慣れた場所から、ちょっと好奇心で飛んでみれば、掘り出し物は見つかる。

この二作が気にいったのなら、作者のふじ・きりお氏は、ピクシブで絵師として活躍しておられるので、こちらもチェック!
最新刊の情報から、ここでしか見られないイラストまで、さらなる「ふじ・きりお」の世界が味わえること請け合い!

日に日に秋の夜長の足音も近づいてきている。静謐な長い夜を、この奇妙な迷宮の快楽にゆだねてみてはいかがだろうか?

少女ダウナー探偵(上)

悪魔彼女QR大全