ポスト『カウボーイビバップ』か!?バンド・デシネ作品『ブラック・サッド』

1950年代に、映画界に颯爽と現れた新しい波「ヌーベルバーグ」。ジャン・リュック・ゴダール監督を代表とするそのうねり。今までとは一味も二味も違う映画を生み出してやろう、という若い監督たちの熱気は、「ヌーベルバーグ」=「新しい波」として、一大センセーションを巻き起こした。

そして、ひそかに漫画界でも「新しい波」が生まれようとしている。それが「バンド・デシネ」だ。

「バンド・デシネ」とは、おフランス、そしてベルギーなどを中心とした舶来もののマンガ。その緻密かつ、からっとした作風は、日本産ではとてもまねできない新鮮な感覚に満ち溢れている。
特に、バンド・デシネの大家、メビウスの作品群は、日本アニメの革命児、宮崎駿、大友克洋を始め、世界中のアーティストに影響を与えている。
また、児童文学で言えば『ドリトル先生』シリーズなみの児童マンガの定番。『タンタンの冒険』は、世界中で愛されている。

そして、2011年には、「世界のスピルバーク」によって映画化。日本人でも、『タンタンの冒険』は耳にしたことがあるのではないか?

というわけで、ここではまとめきれないくらい、漫画界に影響を与えているバンド・デシネ。
しかし、なにせ洋モノ。比較的わかりにくい作品も頻発する「バンド・デシネ」。その入門となるべく作品をご紹介。その名は『ブラック・サッド』。まさに大人のためのファンタジー。童話だ。

内容は1950年代を舞台にした正統派のハードボイルド。ただ一つ、他のハードボイルド作品と大きく一線を画すのは、主人公が黒猫ということ。そして、登場人物すべてが、「動物」ということだ。と、ここまで書くと「なんだ、童話か」とページを閉じられる方もおられるかも。。。。しかし、待って欲しい!確かに動物なのだが、これが「擬人化」した動物、というレベルではなく「人間」が擬「動物」されたレベル。

例えば、映画『猿の惑星』ここでは、かなりリアルなタッチで、人間化された猿が出てくる。あのレベル。しいて言えば、さいとう・たかをばりのリアルさで、首から上が動物になっている。想像して違和感を感じられる方も居られるかも知れない。しかしこれが、絶妙なデフォルメ具合で、愛らしささまで漂う、かなりスタイリッシュなものになっている。ホラーかギャグかにしか見えない、この擬「動物」化が成功しているのも、「とことんやる」という気合、そして技術が卓越しているからだ。

イラスト担当のフアンホ・ガルニドがアニメーターであることが、よく生かされている。動きに満ち溢れたコマとコマ。目を離したら、いつの間にか動いていそうな躍動感が凄い。また、扱っている内容も、色恋沙汰の殺人。冷戦、核の傘、人種差別、とかなりハード。特に、主人公「ブラック・サッド」は黒猫。彼、そして色黒の動物を黒人に見立てたエピソードは、ナイスアイディア!

また、暴力で物事を解決するタフガイ・ストーリーではなく、登場人物の心情をシッカリ追っていき、事件を解決するというところもいい。フィリップ・マーロウのように、事件解決のために屈折した人間関係のひだを追う。そのしっかりとしたストーリーが、荒唐無稽な「擬動物化」をリアリティあるものにしている。

また、物語を彩る背景もかなり細かく描かれている。まさに宮崎アニメか実写かといった具合だ。そして、この細かく描かれている小道具、背景が、登場人物の心情さえ暗喩している。この辺、日本のマンガとは全然違う。最近のマンガは、主人公アップと台詞、効果トーンで誤魔化しているものが多い。しかし、これは違う。その上で大活劇をする地に足がついた「舞台」。これはバンド・デシネ、いや『ブラック・サッド』でしか味わえない醍醐味だ。
そして、一コマ一コマが、絵葉書として送りたいほど美麗かつ繊細。このとびぬけた丁寧さは、「やはりアッチの人は根本的にセンスが抜け出ているのでは?」と納得させられる。

また、この動物化された人々が、なんとも言えない懐かしさを醸し出す。ほら、宮崎駿の『名探偵ホームズ』とか、アニメの『宇宙船サジタリウス』とか、登場人物がみんな人間ではなくて、なにかしらユーモラスな動物の形をしていた、子ども向けアニメを彷彿させるのだ。

かの二作品とも、実は「大人向け」のメッセージを発しているところも、『ブラック・サッド』に似ている。
そして、このブラック・サッドなる黒猫、なかなかナルシズムが入ってる。依頼人の前にバラの花をくわえて登場したり、自分の自叙伝が売れて、金持ちになるところを空想してみたり。しかし、それがキザったらしいイヤミではなく、かえってそんな不完全なところが、我々小市民と似ている親しみやすさを醸し出している。
もちろん、彼の性格にもよるところが多いが、実は「黒猫」であるところが大きいのではないかと思う。だって、そういうキザな性格をユーモアに変える「人間」の顔を描こうとすると、かなり難航なのでは?
ブラック・サッドはキザなんだけど、そういう振る舞いをしていい「かっこいい」男でもある。もしも、人間でそれを行おうとすると、スーパーマンではないが、「かっこよさ」に大いに方向がふれた人物が出来上がるのではないだろうか?その辺、そのユーモアを、「猫」にすることによってうまくユーモアに昇華させている。

緻密なストーリーテリング、繊細な絵。自分では、これこそが『ルパン三世』『カウボーイ・ビバップ』の後継者に当たると思う。特に、一話完結だから、忙しい人にもありがたい。しかし、その後に残る「重さ」は、まさに『カウボーイ・ビバップ』であり『ルパン三世』だ!伊達に、ハーベイ賞やアイズナー賞を総なめにはしていない!アニメ、ドラマで「最近ハードボイル度が足りない」と渇望される方は是非手にとっていただきたい作品だ。


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